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DAI・COM WEB 特集
OBトーク2

ラグビートップリーグの勇士たち
 ラグビー強豪校として全国でもすっかり定着した農大二高。これまでに21回の花園出場を果たし、準優勝1回、ベスト4に1回の成績を収めている。花園通算27勝20敗2分の間に、多くの名勝負や名選手を輩出しているいわば名門ラグビー部である。
 そんな農二ラグビー部出身で、現在、日本最高峰のラグビーリーグである『トップリーグ』で6人の選手が活躍している。その中で、霜村誠一選手、荻原要選手、吉田大樹選手は36期生。3年時の花園出場では、優勝候補の一角に名が挙がっていた「荻原組」は、歴代の中でもとりわけ注目されたチームだった。
 3人は大学に進学。さらに技術を磨き、卒業後には社会人ラグビーの強豪チームにそれぞれ入った。リーグ2年目を迎えた3人のトッププレーヤーは、普段はそれぞれ異なるチームに所属し、ライバルとして火花を散らしている。しかし、グランドを離れると仲の良い同級生の同士だ。
 そんな3人にラグビーにかける想いやかつてのチームメイトのこと、将来の夢などを聞いた。(取材/平成17年12月)
 日本ラグビーフットボール協会によって、2003年から始まった日本最高峰のラグビーリーグ。日本のラグビーの水準を高めること、ファン層を広げラグビーの普及に努めていくことなどを目的としている。今季は12チームがあり、9月から1月までリーグ戦が開催される。
 それぞれのチームが、地域やファンとの交流を積極的に行っており、愛称やマスコットなど親しみやすさでは、従来の社会人ラグビーのイメージから大きく変わった。プロ野球やサッカーなどのように、競技場へ足を運ぶファンが増えている。
現在トップリーグで活躍中のラグビー部OB


仲野 哲也 (28期)大東大―セコムラガッツ 
堀越 健介 (34期)同志社大―セコムラガッツ
櫻井 寿貴 (34期)関東学院大―東芝府中ブレイブルーパス 
荻原  要 (36期)同志社大―クボタスピアーズ
霜村 誠一 (36期)関東学院大―三洋電機ワイルドナイツ
吉田 大樹 (36期)同志社大―東芝府中ブレイブルーパス
※高橋銀太郎(38期)早稲田大―クボタスピアーズ(H18.4より)
 

三洋電機ワイルドナイツ
霜村 誠一 さん(センター/フルバック)
Seiichi Shimomura
■プロフィール
1981年9月20日生まれ。175cm、83kg。関東学院大に進学し、4年時には、副将として大学日本一に貢献。その後、吉田と共にU21日本代表を経験する。大学卒業後、三洋電機ワイルドナイツに所属し、2004年、日本代表としてウェールズ・スコットランド遠征メンバーに選ばれる。社会人2年目の今季は、残念ながらNZ留学中の8月にヒザを負傷し、戦列を離れているが、今後の活躍に期待。

■チーム紹介
3シーズン目となるトップリーグで2位だった三洋電機ワイルドナイツ。終盤まで8連勝と好調で首位を走っていた。
三洋電機ワイルドナイツの本拠地は、群馬県太田市。昭和35年の創部以来、プレースタイルから『野武士軍団』の異名を持つ。精神的強さと夢の実現に挑み続ける姿の象徴として「ワイルドナイツ(野武士軍団)」と名付けられた。

Q:ラグビーと出会ったのはいつですか
霜村:4歳のときに、父親に連れて行ってもらった桐生ラグビースクールです。小さい頃は、あまり楽しいと感じたことはなかったですね。中学に入って、高崎ラグビースクールに入ったんですが、1年生のときは、あまり行ってなかったんです。

Q:農二ラグビー部を選んだ理由は
霜村:中学3年生になる頃には、スクールで一緒だった仲間たちと一緒に、県内で一番強かった農二でラグビーをやりたいと思うようになって、自然と農二を選びました。

Q:桐生からの通学は大変だったのでは
霜村:通学には1時間半くらい掛かりました。でも一番大変だったのは、毎日私より1時間以上早く起きて、弁当を作ってくれた母親だったと思います。

Q:あこがれのラグビー部はどうでした
霜村:ハードでした(笑)。それまでが“エンジョイラグビー”でしたから。高校の“勝つラグビー”とは根本的に違いますからね。でも、それが当たり前だと思っていたので、辛いとは感じなかったです。

Q:高校生活はどうでしたか
霜村:伊藤先生が3年間担任だったんです。クラスは野球部や剣道部など運動部の生徒ばかりで、荻原や吉田とも一緒でした。女子生徒には不人気なクラスでしたね(笑)。

Q:優勝候補にも挙げられていた3年生のとき
霜村:1、2年生でベスト8、3年生では優勝した東海大仰星に負けてベスト16でした。

Q:高校日本代表にも選ばれましたね
霜村:日本代表はあまり意識して無かったです。遠征に参加した時も特別な気負いもなくプレーできました。

Q:ケガの方はどうですか
霜村:夏に試合中のコンタクトでヒザを負傷したんですが、年明けには復帰したいですね。リーグ戦には間に合わないかもしれませんが、その次のマイクロソフトカップにはなんとか。

Q:チームメイトだった二人はどんな人
霜村:要(荻原)はすごい奴。キャプテンらしく努力家で責任感があります。大樹(吉田)は高校から始めたんですが、足が速くてセンスがいい。ケガで出られない間、いつも二人のリーグでの活躍ぶりが気になりますね。

Q:これからの夢は
霜村:まずは、チームの優勝。それから日本代表としても頑張りたいです。

Q:最後に、現役生へのメッセージを
霜村:高校時代を思いっきり楽しんでください。部活でもいいし、それ以外でもいいと思います。悔いないように過ごして欲しいですね。


クボタスピアーズ
荻原 要 さん(フッカー)
Kaname Ogiwara
■プロフィール
1981年10月24日生まれ。175cm、94kg。3年時、ラグビー部キャプテンを務める。高校日本代表に選ばれ、吉田と共にウェールズ・フランス遠征を経験する。この時のポジションは、スクラムハーフだった。卒業後は同志社大に進学。そして、社会人となってクボタスピアーズに所属。2年目の今季はレギュラーに定着、チームに貢献している。

■チーム紹介
今季リーグ戦8位だったクボタスピアーズ。1月のマイクロソフト杯では、三洋電機を相手に初勝利を上げた。
クボタスピアーズは、千葉県船橋市に本拠地を置く。昭和53年に創部。『槍』を意味する「スピアーズ」は、敵のディフェンスを鋭く突き破る攻撃力と、突き刺さるようなタックルで敵の攻撃を寸断するディフェンス力を備える。

Q:ラグビーを始めたきっかけを教えてください
荻原:父の知人がラグビースクールでコーチをしていて、6歳だったと思いますが、日曜日に「遊びにいこう」みたいな感じで連れて行かれました。じっとしていられない子どもだったので、体を動かせることが楽しくて・・・

Q:中学時代、スクールで霜村さんと出会った
荻原:そうですね。彼は、小学生の時から目立っていて。同じチームに入ってくれて、助かりました。当時は前橋と高崎のスクールが競っていましたから、前橋じゃなくて良かったですよ(笑)。

Q:そして、農大二高へ
荻原:はい。花園という目標に一番近いチームでしたから。スクールの出身者も大勢農二に進んでいましたから、自然と、という感じでした。

Q:農二ラグビーはどうでした
荻原:競技的な要素が強くなりますから、それまでのものとは違いました。スクール時代の「ラグビーを楽しむ」という経験は私自身の基本になっていたので、農二時代のきつい練習も苦ではなかったですね。

Q:キャプテンとしてチームを引っ張っていた苦労は
荻原:苦労はありませんでしたが、3年の時は勝てる力があっただけに、キャプテンとしての力不足を感じました。皆に、申し訳ないと思いました。

Q:高校から社会人までに、いくつかポジションを経験してます
荻原:最初はナンバー8だったんですが、3年の花園は、スタンドオフで出場しました。高校日本代表の選考合宿は当初フランカーだったのが、それによってスクラムハーフで選ばれることになったんです。自分でも驚きましたが(笑)。大学3年で今のフッカーに落ち着きました。

Q:器用さが現れていますね
荻原:ラグビー以外にも小学校時代にはソフトボール、中学ではサッカーをやっていたので、その経験が生かされたんだと思います。

Q:現在、トップリーグでの活躍について
荻原:高校から大学、大学から社会人に進むにつれて、周りの選手が大型になっていくんです。私はそれほど大柄ではないので、そういった差を感じますね。試合の疲れもなかなか抜けないんですよ(笑)。

Q:チームメイトだった二人はどんな人
荻原:誠一(霜村)が後ろで守っていると安心していられました。そんな存在感のある奴です。大樹(吉田)は身体能力がすごい奴。大学も一緒でしたが、大樹がいたから頑張れた、と思います。一緒に国立にも立てましたしね。

Q:将来の夢は
荻原:高校でも大学でも優勝を経験したことがないので、是非、トップリーグで優勝を果たしたいですね。


東芝府中ブレイブルーパス
吉田 大樹 さん(フルバック)
Hiroki Yoshida
■プロフィール
1981年11月16日生まれ。180cm、82kg。高校日本代表に選ばれ、荻原と共にウェールズ・フランス遠征を経験する。同志社大に進学し、霜村と共にU21日本代表に選ばれる。現在、東芝府中ブレイブルーパスに所属し、セブンス日本代表(7人制)としても活躍している。2年目の今季、トップリーグ、マイクロソフト杯の優勝に貢献。

■チーム紹介
トップリーグ元年に準優勝、2年目と3年目の今年、圧倒的な強さで2連覇。マイクロソフト杯も2年連続で優勝している。
昭和23年創部という歴史とこれまでに社会人大会優勝3回、日本選手権優勝4回という数々の輝かしい成績を誇る。狼座の意味を持つ「LUPUS」の名の通り、『狼』のように組織的で緻密、野性味あふれる勇猛果敢なプレーを身上としている。

Q:ラグビーと出会ったきっかけは
吉田:茨城の高校で教師をしている父が、農二でラグビーをやっていたことが大きいです。「高校でラグビーをやりたい」と話したら、農二を薦めてくれて。

Q:ラグビーに興味があった
吉田:そうですね。中学まではサッカーだったんですが、尊敬している父と同じラグビーという競技で、父を超えたいと思っていました。

Q:高校からはじめるということはハンデだった
吉田:確かに霜村や荻原たちが上手にボールを蹴る姿を見て「何であんなに上手いんだろう」と思いましたね。でも、彼らや先輩たちが丁寧に教えてくれたんで、ハンデという意識はなかったです。

Q:下宿という不安はなかった
吉田:小中学校で一緒だった友人と下宿していたんで、不安よりも期待の方が大きかったですね。普段も部の仲間といることが多かったですからね。群れをなしてましたから、周りは近寄りがたかったでしょうね(笑)。

Q:ラグビーの魅力とは
吉田:15人がそれぞれの役割を担っていて、全力でプレーする。誰がトライを決めても全員で喜び合えるところです。それから私みたいにサッカーから転向した人間は、例えばゴールキックの場面で役割を与えてもらえる。個々の長所を生かすことができるスポーツだと思います。

Q:高校日本代表にも選ばれましたね
吉田:夢には持っていましたが、正直まさか選ばれるとは思いませんでした。3年生のときの選考会でも骨折していたので、ダメだと思っていましたから。周りの人のお陰で機会を与えていただいたと感謝しています。

Q:トップリーグの印象は
吉田:スピードの違い、コンタクトの違い、ラグビー偏差値の高さを感じました。東芝は、特に練習がキツくハードだと聞いていたんですが、敢えて厳しい環境に身を投じてみようと思い入りました。

Q:だいぶ、トップリーグにも慣れた
吉田:まだまだですね。自分の存在感を示せていないので、例えば足であったり、キックであったり、ハンドリングであったり、他人より秀でている部分を探しているところです。ライバルの二人について
霜村は、ラグビー選手として自分に無いものを持っている奴なので、尊敬しています。ラグビーに対しては真面目ですね。荻原は、頼りになるプレーヤーです。兄貴肌で、プレーで仲間を引っ張っていく奴です。

Q:将来の夢は
吉田:いずれ高校の体育教師になりたいと思っています。実は、今も教職を取るための学校に行っているんです。社会経験も積んだ教師として働きたいと思っています。できれば農二で教師になりたいですね。

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