・2009年度・更新されました

  ・会長インタビュー
  ・同窓会会則

  

アイデアと行動力で
大都市に負けない
商店街づくりを目指す

堀米 正一(5期生)
(株)アンジャスティス 代表取締役
高崎商店街連盟 代表幹事

 昨年5月、高崎の中心市街地にある15商店街・約500店舗を束ねる高崎商店街連盟の新代表幹事に堀米正一さんが就任した。「時代の変化に対応できる商連」、「環境へ順応できる商連」をテーマに掲げて、人口34万人の高崎市を大都市に負けない商都へ育てて行く牽引役を担うことになった。高崎駅西口にほど近いところでアパレルショップを経営する堀米さんは、「高崎は地理的に商売に向いている都市だけに、時代の波が押し寄せるのも早い。それぞれのお店が、時代を捉えて商機につなげていけるような活動を目指したい」と話す。
 また、地方都市で勝負するにはサービス力が優れていないと勝負にならないというのが持論。商業者の代表として行政や観光協会などとの連携を図って、斬新なサービスを展開していきたいと意欲的だ。「商連の責務は商売したくなるインフラ整備と商業者自身がモチベーションを上げていく支援。それをベースとして、それぞれの商店街の特色を生かしたブランディングにも期待したい」とそれぞれのお店の活性化にも期待を込める。
 堀米さんは同窓会本部では副会長を務め、5期会の活動にも積極的だ。農二同窓会と縁の深い方だけに、高崎市内で商業関係に従事している同窓生にとっても堀米代表幹事の誕生は心強い話題となっているようだ。


農大二高らしい
威風堂々とした
応援ソングを

砂長 弘人(17期生)
前橋ロングサンドホテル 専務取締役

 昨夏、野球の県予選で2曲の新しい応援ソングがお披露目された。作曲したのは砂長弘人さん。現役の応援団長と顧問の岡先生の依頼を受けて、今の時代の合った曲に仕上がった。砂長さんが応援ソングを手がけるのは3度目となる。
 昭和55年、15年振りに春の選抜に出場を果たした時、応援団長だった砂長さんは観客席で応援の陣頭指揮を取っていた。甲子園での応援スタイルは早慶戦を模して、吹奏楽によるコンバットマーチが主流。「どこも似ている応援スタイルだ」と感じた砂長さんは、オリジナルの応援ソングを作ろうと考えた。そうやってできたのが多くの人に馴染みのある最初の応援ソングだ。
 高校時代にはバンドを組んでいて、有名雑誌のボーカル賞などを受賞したこともある。大学卒業後、東京でボーカル教室を運営していたが家業を継ぐためにUターン。今はホテル業の傍ら、CMソングの作曲や『G-FIVE』という群馬県内で活動するご当地ヒーローのテレビドラマ(群馬テレビ/毎週土曜18:45)をプロデュースしている。
 「応援団は伝統の継承と新しいことを取り入れる進化の融合」と話す砂長さん。二高応援団は創設からの伝統を重んじながら、新しいものも取り入れていくことで、常に県内高校応援団の中でも別格の存在感を示し続けていると言う。


チームの未来を描く
広島東洋カープの
スカウトマン

高山健一(26期生)
広島東洋カープ スカウト

 元プロ野球選手で、現在は広島東洋カープのスカウトを務める高山健一さん。高山さんは北関東、北信越地域を回ってチームの戦力を補強、未来のチームを作る重要な役割である。トータルで良い選手やどこか個性の光る選手を探し出し「自分の見込んだ選手に活躍してもらうのが一番嬉しい」という。近年では、スカウトとして最初の年に関わった尾形佳紀選手の活躍が記憶に新しい。スカウトが終わって選手が入団した後も、キャンプに同行して選手の動きを見たり相談に乗るなど、仕事は多岐に渡る。
 農大二高野球部で甲子園出場経験もある高山さんは、卒業後に大学進学、社会人経験を経て1995年に広島東洋カープへ入団。「ドラフト上位指名ではなかったが、野球で生きていけることがとにかく嬉しかった」という。広島で3年間プレーした後、西武に移籍。膝を痛めて契約更新されずに引退が決まったときはいよいよ野球から離れることも覚悟したが、古巣広島からスカウトへの誘いがあり現在に至っている。
 農二野球部監督の斎藤先生には挨拶や礼儀など「野球以上に大切なことを学んだ」。腹を割って話せる一生の友人を得て「覚えているのは野球部のことばかり」な高校生活が、常に野球と関わる高山さんの根幹を成している。


29歳、東大野球部1年生
回り道をしても
「本当にやりたいこと」を貫く

森本真(31期生)
東京大学野球部

 平成18年春、29歳の東京大学新入生が硬式野球部に入部した。〓期の森本真さんである。
 高校時代は野球に明け暮れた森本さんは、3年生の夏に甲子園出場を果たす。しかし、甲子園でプレーすることは叶わなかった。大学では「今までと全く違うことをしようと」華道部に入部、大きな作品も手がけ、野球とは縁を切った学生生活を送る。
 卒業後は郵便局に勤務。何かが違うと思いながら働いていたが、やはり「自分の好きなことをきちんとやり直したい」と一念発起。神宮球場で野球をすることを夢見て、独学で受験勉強を始める。退職しても予備校には行かず、勉強とアルバイトを両立させた。受験勉強は孤独な戦いだったが、他人と話すアルバイトは良い気分転換になったという。
 猛勉強の末、再び始まった学生生活は本当に学びたい勉強をし、やりたかった野球を思う存分でき、毎日が充実している。久々の野球は思うように身体が動かず、しばらく筋肉痛が続いたが「夏を過ぎてようやく動けるようになってきた」と笑う。
 将来は教員になって「勉強も野球も教えられる先生」を目指す森本さん。回り道をしても本当にやりたいことを貫く姿勢は、生徒に多くのことを伝えられるだろう。

Copyright(C) 2005 The Second High School , Tokyo University of Agriculture All right reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。すべての著作権は東京農業大学第二高等学校同窓会に帰属します。